正しい餌付け

前編






いつもの監督任務が終わった後。
適当に馴染みの店で飯を済ませて。
さて、帰ろうか、それとも女を買いに行くかと足をめぐらせると目の前を自分の部下の元担任がそのイメージにそぐわないこの歓楽街をとことこと歩いている。
その元担任の肩には無骨な男の手ががっしりと回されていて、その無骨な手の持ち主はその素行の悪さからあまり評判のよろしくない外回りの上忍。
戦場でならともかく、その上忍は平和な里にあっても階級をかさに着て下位の者に無体を強いる。
それもわざわざノンケの男ばかりを無理矢理犯すらしい。
あれまあ、とカカシは肩を竦める。
現部下の元恩師は見るからに人が良さそうで、疑う事を知らなさそうだ。
そんな事で忍が務まるのかと思いもするが一応中忍でアカデミー教師なのだから、そこそこ優秀ではあるのだろうが。
だがしかし。
肩から腰に下がった男の手にも全く警戒を見せることが無いアカデミー教師は、あまりにも鈍すぎるのではないか。
自分がどういう状況に陥っているのか分かっているのか。
上忍の男はあからさまに情欲がちらつく目線をアカデミー教師に送っている。
一方、その目線を受けるアカデミー教師はなんとも朗らかだ。
「あのさー・・・・」
重い鉛を吐き出したかのように、カカシの口調は重かったのだが。
「そこのあんた」
カカシの呼びかけに上忍の男は胡乱な目をカカシに向けて立ち止まる。
「イルカ先生を何処に連れてくつもり?」
上忍の男の向こうからイルカが不思議そうにひょこりと顔を出した。
イルカの危機感の無さにカカシは思い切り渋面を作る。
はっきり言って、面倒臭い。
だが、イルカは部下達の精神安定剤でもあるのだから。
イルカの身の上に何かあっては、更に面倒くさいことになりそうだ。
カカシはしぶしぶ助け舟を出す。
「それって、合意の上?」
穏やかな口調だが上忍の男に向ける殺気をカカシは緩めない。
カカシの殺気に当てられて、上忍の男はギクシャクとイルカの腰から手を外した。
「あんまり里内で悪さするんじゃないよ」
同じ上忍でも格が違う。
一転してドスが効いたカカシの低い声に全身を叩かれると男は弾かれたようにその場から逃げ出した。
後に残されたのは呆けたように口を開けっ放しのイルカと、小さく溜め息をつくカカシの二人だけだった。
わしわしと銀髪をかき混ぜながら、カカシはらしくも無くイルカに忠告めいた小言を言おうとした。
「イルカ先生。もしあのままあの男に付いて行ってたら大変な事になってたんだよ。わかってる?いくら里は平和だからって、これからはもう少し危機感をもって・・・・」
「わかってます。心配は無用です。だって、合意の上ですから」
今度はカカシが口をポカリと開ける番だった。
イルカは何と言った?
「だから合意の上だったんです。カカシ先生、とんだ邪魔をしてくださいましたね。今夜の俺の晩飯をどうしてくれるんですか。身体を差し出すくらい何でもないのに。世の中ギブ&テイクなんですから」
カカシの下顎がさらに下に落ちた。
「とりあえず、カカシ先生。責任持って俺に飯を奢ってください。これは損害賠償ですので俺はカカシ先生とは寝ませんよ?」
カカシは軽く眩暈を覚える。
この男は誰だ。
普段見るイルカの様子とは明らかに違う。
イルカはカカシの目の前で明らかに気分を害し腕組みしている。
自分は悪い事をしたか?したのか?
軽く混乱に陥るカカシをイルカはぐいぐいと歓楽街から飲食店街に引き摺っていった。



食事をイルカとするのは初めてだった。
目の前のイルカからは物凄い気迫がびしびしとカカシに伝わってくる。
カルビ、ロース、タン塩ときてまたカルビに戻って、イルカはひたすら肉と米を口の中に突っ込んでいく。
野菜も食べたら、とイルカの食事にカカシが口を挟むと結構な鋭さで睨み返された。
好きに食べさせろということなのだろう。
その光景に圧倒されつつ、カカシはビールを舐めながらキムチを口の中でシャリシャリと咀嚼している。
食欲を満たすというよりも、何かに追い立てられでもするかのようにイルカはもりもりと食事を続ける。
肉の皿それぞれを軽く三人前平らげ、白飯を食べつつもビールまで飲んで。
大食いで大酒飲みの上、イルカは甘党でもあるらしい。
カカシの目の前で嬉々としてデザートのアイスクリームを3皿片付けて、甘いものが苦手なカカシの食欲をイルカは更に減退させてくれた。
一時間、食べに食べてやっとイルカの食事は終わった。
「ふう。ご馳走様でした」
先ほどまでの鬼気迫る形相はなりを顰めて、今は穏やかないつものイルカに戻っている。
「・・・・イルカ先生。そんなにお腹がすいてたの?」
「いいえ?そんな事ありませんが」
「あの・・・これがいつもの食事なの?」
「あはは。何言ってんですか。ただ飯だからがっついたんですよ。こんな食事を俺の給料で続けられる訳無いじゃないですか」
「あ、そう」
こんな姿を見せられたらさっきの男もさぞや萎えた事だろう。
しかし、なんというか。
このイルカの迫力は一体なんなのだろう。
受付所での朴訥とした、柔らかい空気を纏い癒し系とまで言われるあのイルカは偽りの姿なのか。
「それではこれで失礼します。カカシ先生、また明日」
屈託ない笑顔をカカシに見せて、イルカは足取りも軽くカカシを残して焼肉屋から姿を消した。



一夜明けて。
普段手を出したりしないDランク任務にカカシは心あらずといった感じで何となく参加していた。
広大な大名屋敷の草むしりをもくもくとカカシ以下7班はこなしていく。
「ねえ、イルカ先生ってさ。すんごく大食いなんだねえ・・・・」
「え?そんな事無いってばよ」
隣でしゃがみ込んで草を毟っていたナルトはきょとんとしてカカシを見上げる。
「そうよ。逆に食が細い方じゃないかしら」
サクラの言葉にサスケもコクリと頷く。
「えー、嘘デショ。あの人すっごい食べるじゃない」
「そんな事絶対無いってばよ!一楽でも俺がラーメンと餃子とチャーハン平らげてもイルカ先生はラーメン一杯でたくさんだって言うんだぜー?」
「イルカ先生は、もっと飯を食うべきだな」
サスケにまで食の心配をされるイルカ。
昨日見たのはカカシの幻だったのだろうか。
いつのまにやら四人頭を突き合わせて、草を毟りながらイルカの食についての討論になっている。
「でもさー、昨日あの人5・6人前は余裕で飯食ってたけどね」
「・・・・そんな嘘をついて何が楽しい。カカシ」
「そうよ。下らない事言わないでよ、カカシ先生」
「下らない事言ってないで早く任務を終わらせるってばよ」
「ちょっとー。何よ。ひっどいね、お前ら」
部下達が全く信じてくれなくとも、やはり昨夜のあれは幻ではなくて。
肉食魔獣と化したイルカは確かに現実のものだった。

そう、この受付所の海野イルカは食べ物を前にすると人が変わるのだ。
「お疲れ様です」
ニコリと受付所で笑顔を見せるイルカにいつものようにナルトは机越しに飛びついていく。
「イルカ先生ー!俺ってば今日も頑張ったってばよー!」
「ははは、お前泥だらけだぞ!早く家に帰って風呂に入れ」
笑いながらイルカはナルトの頬の泥を擦り落としてやっている。
いつもながらの和やかな風景だ。
昨夜のスレた、不遜な、態度の大きいイルカとは目の前のイルカはかなりの隔たりがある。
「昨日はどーも」
無表情のままカカシはイルカに声をかけた。
「あ、カカシ先生。昨日はご馳走様でした」
さらりと何事もなく、イルカは子供達の前でカカシに応える。
そのイルカの返事に子供達が固まった。
「イルカ先生。カカシ先生と本当にご飯食べに行ったの?」
「イルカ先生ってばほんとは大食いなのかー?」
こいつら。
自分の言葉はまともに取り合わなかったくせにイルカの言葉は一発で信じる。
表情は変えねども、明日の修行のメニューは1ランクきついものにしてやろうとカカシは決めた。
「だから言ったでしょー。イルカ先生すんごい食べるんだって」
ところが。
イルカの一言は、簡単にカカシの言葉を薄っぺらい信憑性のない物にする。
「ははは、ひどいなあカカシ先生。俺は普通ですってば」
どこがだ!と反論した所でイルカ親衛隊の部下達に囲まれながらカカシが孤軍奮闘しても疲れるだけだ。
そしてカカシは気付いた。
明るい笑い声を立てつつもイルカの目が笑っていない事を。
そのイルカの目には昨夜の迫力がうっすらと蘇っている。
「えー。普通でしたっけー」
ははは、とカカシも笑ってさらりと返す。

イルカは見た目通りではなく結構いい性格をしているのだ、と言う事だけは分かった。





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